地元の夏の風物詩、手筒花火を激写してきた!

江戸時代から約三百年続く地元の夏の風物詩、手筒花火(→遠州新居手筒花火について)を激写してきました。今回は単焦点は封印。便利ズーム一本です。

実は、四十年近くこの町で暮らしてきて、見物に行ったのは初めてです。

いや、正確に言うと、幼い頃に祖父に連れられて行ったことがあるので、厳密に初めてではないのですが、まったく記憶に無いのでノーカンということで。

会場は中学校のグラウンドです。卒業から二十数年ぶりに行きました。お祭り用の臨時駐車場から歩きます。

不思議だったのが、交通規制が実施されているエリアに向かうと、やけに反対方向に向かう人とすれ違うんですね。なんでだろう、ひょっとして車両だけじゃなくて人も通れないのか、と不安を覚えるほど。

もちろん人は通れたんですけど、規制線から足を一歩踏み入れてすぐに、なぜこの道を避ける人が多かったのか、理解しました。

おいおい、ここは世紀末かよ、と。火の粉を浴びるように花火をぶっ放しながら、山車と練り歩く勇士たち。立ち込める白煙と火薬の匂いがやばい。

足元には、投げ捨てられた花火の残骸が散乱しておりました。カオス。

不用意に近づくと、皆さんすでに出来上がっていて絡まれるので、巻き込まれないように足早に脇をすり抜けました。実際、私のすぐ横にいたカメラマンが、お兄さんも一本どうですか、と手持ち花火を勧められておりました。いや、こえーよ。

商店街の横道からそれると、母校は、小高い山の上に、ちょっとした山城か砦かと突っ込みたくなる立地に建っています。そのせいで登校坂の勾配がエグいことになってるんですよ。中学時代の三年間、よくもまあこんな登り坂を毎日毎日通っていたものだな、と。

自転車で、途中で足をつかずに登りきれるか、チャレンジしたこともありましたね。部活の体力作りメニューで、登校坂往復ダッシュ二十本とか、今となると狂気の沙汰としか思えません。

妹と昔話しながら登りました。

この登校坂の激坂っぷりを写真に収めたかったのですが、暗いわ腕はないわで悲惨な結果に終わりました。なので道中の写真はありません。

坂を登りきると視界がひらけて、会場となるグラウンドに到着です。グラウンドが広いからか、意外と手筒の見物客は少ないような気がしましたね。

下の商店街は狭い道に屋台が並び、さらに小中高生たちが多くひしめき合っていたので、余計に人混みが酷く感じていたのかもしれません。

後方から、必死に手を上に伸ばして写真を撮りましたが、ちょっと焦点距離が足りなかったですね。望遠ズームも一本持っておくべきだったかと。ただ、望遠にしたらしたで、レンズが暗くなって手ブレしやすくなるので、それはそれで厳しい戦いになりますけども。

妹夫婦と姪っ子たちと一緒に行ったのですが、姪っ子たちには手筒花火はまだちょっと早すぎたようです。渋いというか、打ち上げのような豪華絢爛な華やかさはないですからね。開演から三十分後には、もう帰りたい、早く帰ろう、と騒ぎだしたので、もう少しあと少しと必死になだめて、もう三十分粘りました。

これっきりになったら、私と同じく、彼女たちもまったく記憶にないパターンでしょうね。