私が特に好きな江戸川乱歩賞受賞作
昔は活字が嫌いだったので、自分が好き好んで小説を読むなんて、想像したこともありませんでした。文章を書くのも大の苦手で。
読書感想文なんて、本文など読まずに、あらすじ丸写しで済ませてましたからね。
そんな私でも小説を読むようになったんですから、人生、どこで何がどう転ぶのか、わからないものです。
小説を読むようになったきっかけは、ズバリ暇つぶしです。バイトの中休みの数時間の暇を持て余したあまり、小説でも読んでみようかと気まぐれで手にとってみたのが、すべての始まりです。
中でも特にミステリー小説が好きで色々と読むようになって、お気に入りの作家の多くが江戸川乱歩賞(→江戸川乱歩賞)という新人賞を受賞してデビューしているのに気がついて、受賞作が気になってチェックするようになりました。
新人賞は数ありますが、デビュー後の活躍度の高さも、乱歩賞出身作家をチェックする動機のひとつですね。
西村京太郎、森村誠一、東野圭吾、真保裕一、池井戸潤、薬丸岳、桐野夏生、藤原伊織、岡嶋二人(井上夢人)などなど。今後も次々に人気作家の卵を生み出し続け、ますます新人賞の権威としての地位を高めていくでしょう。
毎年毎年、新刊で発売されるたびにすぐ読むほど熱心にチェックしているわけではないですが、文庫化されたタイミングで発見すると、思わず手に取ってしまうくらいには気にかけています。
全受賞作を読破したわけでもないのに語るのは、ちょっとおこがましいような気もしますけども、私が特に好きな江戸川乱歩賞受賞作を挙げていきます。
東野圭吾『放課後』
今をときめく大ベスト・セラー作家、東野圭吾の原点。
硬質な語り口で淡々と物語が進行するが、密室の謎とその捨てトリックからの鮮やかなどんでん返し、更にその後の余韻を想像させる結末が見事で、思わず唸らされる。
近年、やっつけな書き下ろしや安易なシリーズ物ばっかりで、意欲的な趣向を凝らした作風が鳴りを潜めているのが寂しい。
藤原伊織『テロリストのパラソル』
史上初、江戸川乱歩賞と直木賞をダブル受賞した傑作。
誇り高い主人公とその語り口が、ちょっとキザというかカッコつけすぎているきらいもあるが、物語の世界に思わず引き込まれてしまう、しびれるような魅力がある。
デビュー作にしてエンターテイメント小説の頂点を極めてしまったが、その後も筋の通ったかっこいい主人公を据えた冒険活劇を発表している。
2007年永眠。残念すぎる。
薬丸岳『天使のナイフ』
今、最も脂が乗っている作家のひとりである、薬丸岳の受賞作。
探偵が鮮やかに事件を解決してそれではい終わり、という単純で底の浅いミステリーを書かないので、大好きで絶大な信頼を置いている。
その傾向はこのデビュー作からしてすでに顕著で、重厚なテーマながらも読みやすく、さり気なく緻密な伏線が張り巡らされ、謎が謎を呼ぶ複雑な構造にのめり込ませてからの、驚天動地の決着。スキがない。
ぶっちぎりの受賞も納得の傑作。
高野和明『13階段』
死刑囚が主張する冤罪を証明するべく調査を進めるうちに、抗いようのない濁流に飲み込まれるように動き出す陰謀。
巧みな伏線と物語の構成、一気に読ませる勢いが素晴らしい。特に終盤。緊張感に満ちた、息をつく間もない激しい場面転換からの怒涛の決着、その余韻に浸るほろ苦い締めくくり。
読了後、思わず感嘆のため息が漏れる傑作。
岡嶋二人『焦茶色のパステル』
六年目の挑戦にしてついに乱歩賞を射止めた、合作作家岡嶋二人のデビュー作。
この前年の乱歩賞最終候補作『明日天気にしておくれ』も傑作。
平穏な一日の昼過ぎに不穏な空気が立ち込め始める幕開けから、矢継ぎ早に起こる事件とそれを巡る謎に翻弄される。冷え切った夫婦仲の描写がリアルすぎて、そういうとこだぞと指摘されているようでギクリとする。
今となると、トリックやストーリー進行に時代を感じるが、どんでん返しの切れ味はさすが。
合作コンビ解消後、井上夢人名義で作家活動を始めたが、相変わらずどころかますます冴え渡る面白さなのに、寡作なのがちょっと寂しい。
岡嶋二人作品を読み漁ったら、合作時代を振り返った『おかしな二人』も合わせて読みたい。